ニイハウ島事件と日系人強制収容

アメリカ史の汚点の一つに、太平洋戦争中の日系人の強制収容がある。そして、アメリカ世論やアメリカの政治家が強制収容を正当化する理由の一つに、ニイハウ島事件がある。

ニイハウ事件は 真珠湾攻撃で不時着した戦闘機の乗員に一人の日系アメリカ人が同情し、ハワイの小さな島の地元住民を巻きこんだ事件である。

一方、実際の日系人強制収容は、アメリカ陸軍などにより、ニイハウ事件とは関係なく計画され実施されてきた。 しかしながら ニイハウ島事件は少なくとも太平洋戦争中 日系人強制収容を正当化するアメリカ国民に対して 理由の一つとなっていった。

韓国での悲惨な虐殺の歴史

皆さんは、日本の隣国の韓国でも虐殺の歴史があることをご存知ですか。

済州島の人々が犠牲になった済州島四・三事件(1948年から1954年)や韓国国内の人々が犠牲となった保導連盟事件(1950年)である。

済州島四・三事件では6万人が虐殺され、保導連盟事件では20万人~120万人の人々が虐殺された。

 

日本の20世紀初頭の人口増と移民政策

20世紀のはじめ、日本は人口増に苦しみ、多くの日本人がアメリカやブラジル、ペルーなどの国々に移民した。

一方、2018年、日本はいよいよ 本格的に外国人受け入れ政策を加速させようとしている。歴史は動く。

 

 

中国は賢明な国

中国は、賢明で慎重な政府を持っている。尖閣問題の時は、徹底的に日本を批判した。一方、2018年になり米中貿易の緊張が高まると日本を批判することを一切やめ、安倍首相の訪中時に、町中に日本の国旗をはためかせ大歓迎をしている。

当然のことながら中国は国益を重視している。尖閣問題の時、下手に政府が日本側と妥協する発言をすれば、中国国民の非難が中国政府に向くのを恐れていた。しかし、2018年、トランプ氏が対中貿易に強硬になると、中国政府はアメリカ以外の大口取引先である日本との関係を強化しようと考えている。

大日本帝国 陸軍のような…  歴史から学ぶ

『大日本帝国 陸軍のような組織』と聞いて、皆さんは どうおもうのだろう。

すくなくとも太平洋戦争末期の状況を見るとガダルカナル作戦やインパール作戦のような兵站のことも考えず、精神力だけで、前進するような組織を思う。そして それら無謀な戦いは 人的にも物的にも大きな損害を出した。

ではなぜ、そんな組織ができるのだろうか。多くの組織が前向きな意見のみしか採用しないからである。会議などで、後ろ向きな意見や慎重な意見を言おうものなら、『お前は、やる気がない。』などと、組織のお偉方が言い、そういう意見を言う者は降格や排除される。本来組織というのは大きな組織であればあるほど、あらゆる事態を想定しておかねばならない。アメリカ政府は真面目に、同盟国が急に宣戦布告してくるといった、極めてありえない事態も常に想定しているそうである。あるいは、関が原の戦いのように、味方かと思っていたら寝返って敵になる者もいる。

後ろ向きな意見も尊重して、万が一の事態も常に想定して準備しておく。それが、歴史から学ぶことのひとつでもある。

 

 

何のための歴史学習か

学校教育で、歴史を学ぶと、それぞれの事柄と年号と人名を覚えるのに懸命になり、本来の歴史学習の意味を忘れてしまうことがある。

本来の歴史学習の目的は、歴史を知ることで 未来を良くせねばならない。ということである。

歴史上有名な人物でも、みな一人の人間であり、葛藤や悩みを抱えていたし、かならずしも良いことばかりをしていた人物でない場合もある。もちろん、歴史上悪人と呼ばれる人物も良いこともしていた。

たとえば、織田信長は戦国時代の覇者だが、仏教関係者の多くの人を虐殺している。一方、信長は楽市・楽座など商業を活発にした。

あるいは、ナチスドイツのアドルフ・ヒトラーは、第二次世界大戦をはじめたり、ユダヤ人虐殺など 歴史上類を見ない悪行を行った。一方でアウトバーンなどドイツ国内の公共事業や自動車産業の育成に成功した。皮肉にも現在のドイツの基盤産業はナチスドイツの時代に成長したものも多数ある。

私たちが歴史から学ぶべきものは戦争や虐殺、紛争や飢餓を、いかにして避けるかということである。人々が平和に穏やかに暮らすにはどうすべきかいうことである。

そして、ヒトラーのような人物やナチスドイツのような思想をいかにして、抑え込むかというのを歴史から学ばねばならない。

 

 

 

太平洋戦争と日中戦争の意義:日本とアメリカと中国大陸

太平洋戦争はアメリカにとっては、中国のアメリカ利権を拡大するための戦争であった。

日本による真珠湾攻撃が日本の宣戦布告より早まったのは、周知のごとくである。しかし、それ以前に、日本が満州事変をおこし、日本が満州国を傀儡国家として成立させていた。そのうえ、日中戦争により中国大陸で日本の勢力が拡大することを アメリカは、良しとしなかったのである。なぜならすでにアメリカは中国に経済的な利権を持ち、さらに拡大したかったからである。

もちろん、中華民国の政府や中国の国民がアメリカ政府やアメリカの国民に、日本批判を大々的に行っていたのも一因であろう。

それらにより、アメリカは日本と交渉したが、交渉は決裂し、日本は太平洋戦争に突入することになった。

太平洋戦争中、日本と中国は日中戦争をしたが、主に中国大陸で日本と戦った相手は国民党軍だった。日本は共産党軍とも戦ったが、損害が大きいのは国民党軍であった。

太平洋戦争は日本に敗戦に終わったが、アメリカはその後の中国の対応を誤り、国共内戦後、中国は中国共産党が統治することとなった。中国共産党はアメリカが支援する国民党の敵対勢力であり、結局、アメリカも中国大陸の利権を失うこととなってしまった。

国民党政権は日中戦争で軍事力が疲弊していたため、国共内戦を戦う力は残されておらず、力を温存していた共産党軍は国民党を追い込んだ。国民党は大陸での統治権を失い台湾に逃れ、かろうじて台湾と周辺諸島のみを統治することとなった。

結果的に日中戦争・太平洋戦争・国共内戦を通して 中国大陸においてもっとも大きな勝利を得たのはアメリカではなく中国共産党であったといえる。特にアメリアにとっては、多くの犠牲者を出して太平洋戦争には勝利したものの、中国大陸との貿易を再開するのは1979年のアメリカと中国の国交回復以後である。

 

 

 

 

 

関東州そして大連

1905年から1945年まで現在の中国の大連市の一部は関東州と呼ばれ、日本が租借し植民地として統治していた。もし第2次世界大戦での敗戦がなければ、1997年まで日本が租借していたはずだった。

大連を日本が統治していた縁で、大連は現在でも日本語教育が盛んな地域で、多くの日本企業が進出している。そのため、2012年の反日デモも 大連では、あまり大きくは起こらなかった。中国でも比較的、親日の地域といえる。

 

 

日中関係の近現代史は朝鮮半島を除いて語ることはできな い。

日中関係の近現代史は朝鮮半島を除いて語ることはできな い。日本の明治維新後、朝鮮で起こった甲申政変は日中関係に影響を与え、後の日清戦争への序章となった。日 清戦争が終わると、中国大陸や朝鮮での権益でロシアとぶつかり、日露戦争となった。日露戦争が終わると日本は朝鮮半島での権益を得、さらに関東州の租借権を移譲され、南樺太を割譲された。

北方領土問題 2018年11月16日

北方領土はロシアが実効支配している日本固有の領土だ。

日ソ共同宣言では 歯舞諸島と色丹島のみが言及されている。歯舞諸島と色丹島は日本が主張する北方領土の約7%しかない。歯舞諸島と色丹島のみ返還されたとしても、日本の国民は納得しないだろう。また、ロシアは、2島をもし日本に引き渡しても主権や領有権は引き続きロシアが持つこともほのめかしている。

だとしたら、実質的に 何も戻ってこないことになる。

一方、仮に北方領土の全部もしくは一部が返還され、主権も領有権も日本に帰属したとしても、現在、島に居住しているロシア人はどうなってしまうのだろうか。居住しているロシア人に日本政府かロシア政府が金を払って出て行ってもらうのか、そのまま居住してもらうのか。その問題は残る。この問題自体が、安部首相が前のめりになっている感が否めないので、おそらくここでも日本政府が多額の金を使う可能性がある。

すでに、日本は2016年の首脳会談で日露経済協力として3000億円の投融資を決めており、事業は進んでいる。どうも、金ばかりがロシアに渡っているような気がするが、皆さんはどう感じていますか?

そこまで日本はロシアにこびなければならないのだろうか。また 旧島民の方々はどうかんじているのでしょうか。

そもそも、日ソ中立条約を破棄して1945年8月に日本に宣戦布告したのは条約違反である。ソ連は日本がアメリカとの戦争で敗戦の色が濃くなったのを機に、ドサクサ紛れに参戦し、日本の領土を実効支配したのである。

 

 

 

 

在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業

在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業

1950年代から1980年代まで在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業が日本と北朝鮮の双方により推進された。

日本は1950年代の半ば、在日朝鮮人への生活保護費の負担や在日朝鮮人の犯罪率の高さなどのために、帰還事業に積極的だった。また日本の日本社会党や日本共産党の関係者も事業に取り組んだ。日本社会党や日本共産党は北朝鮮の社会主義の宣伝することで日本での社会主義思想や共産主義思想を広める目的があった。当時、朝鮮総連は『北朝鮮は地上の楽園』などと日本国内の在日朝鮮人に宣伝した。

韓国政府は、韓国国内の人口が過剰であったため、受け入れに消極的だった。

一方、北朝鮮は在日朝鮮人を受け入れることで日本との国交回復のきっかけをつかもうとしていた。

しかし、実際に北朝鮮に帰還した人々の多くは、差別に苦しみ、資本主義国日本から帰還したため監視され、仕事で得られる収入はわずかであり、生活は苦しかった。

また、帰還した朝鮮人の配偶者である日本人妻も 北朝鮮で苦しい生活を強いられた。

勝てば官軍、負ければ賊軍

『勝てば官軍、負ければ賊軍』という言葉がある。

日本は第二次世界大戦で負け、台湾や朝鮮、南樺太などの領土を失い、多くの日本人が戦犯で処刑された。また、いまだに真珠湾攻撃や中国本土での出来事、さらに韓国併合までも、非難され続けている。

戦争というのは負ければ、悲惨である。勝てば賞賛させるが、負ければ惨めでしかない。だから戦争は避けねばならない。

 

 

満蒙開拓団の悲劇

1945年8月以降の満蒙開拓団は悲惨であった。ソ連軍の進駐、中国人からの暴力、飢餓、病気、寒さ、そして集団自決、中国残留孤児。このような歴史の悲劇は2度と繰り返してはならない。
そして現代に生きる我々は その事実を後世に伝えなければならない。

長野県下伊那郡阿智村には満蒙開拓平和記念館があり、当時の満蒙開拓団の悲劇を知ることが出来る。

 

 

 

 

 

 

日本の台湾統治とインスタントラーメン

1895年から1945年の日本による台湾統治がなかったらインスタントラーメンはなかった!?

インスタントラーメンを発明した安藤百福は日本統治時代の台湾で1910年に生まれ、1930年代に大阪に居住し、1966年に日本に帰化した。

つまりは『日清戦争後の下関条約により台湾は清から日本に割譲された』という事実がなければ、インスタントラーメンは少なくとも日本で発明されなかったかもしれない。

15世紀初めの鄭和の大航海 (中国 明代)

明代の宦官の武将である鄭和は、船団を率いて、アフリカまで大航海をした。

鄭和の船団は もやしや苦瓜を食事に使っていたため 壊血病が少なかったようである。

しかし、鄭和の死後は明の国力が弱まり、航海は行われなくなった。

もし、明の皇帝がもっと積極的に航海や貿易を奨励していれば、15世紀半ば以降の南北アメリカ大陸やアフリカ大陸で、中国語が使用され、中国語が世界言語になっていたかもしれない。

 

神功皇后の新羅征討

古墳時代の神功皇后の新羅征討は まだ歴史的な検証がなされていないが、もし 本当なら、日本は かなり古い時代から朝鮮半島情勢に介入していたことになる。

倭・高句麗戦争

倭・高句麗戦争は4世紀から5世紀の倭と高句麗の戦いである。日本と朝鮮半島との歴史的な戦いである。

 

豊臣秀吉、徳川家康と李成桂

豊臣秀吉は 秀次の一族を皆殺しにした。

そして徳川家康は大坂の陣で、残酷とも言える豊臣家の根絶やしを行った。

それにさかのぼる事、約200年以上前の1394年、日本ではあまり知られていないが、朝鮮王朝の始祖である李成桂は、高麗の王族を皆殺しにした。

歴史とは非常に残酷である。

日本の危機:663年 白村江の戦いの敗北

歴史上、日本の危機は3度あった。白村江の戦いの敗北、元寇、第二次世界大戦の敗北。

しかし、白村江の戦いの敗北については、あまり語られない。

戦いを指揮したのは女性天皇 斉明天皇である。しかし斉明天皇は戦いの前に崩御された。斉明天皇の死後、日本軍は百済を復興するため、朝鮮半島南部に上陸し 唐と新羅の軍に敗北した。

 

日本統治時代の台湾でも日本人への反日的な襲撃事件はあった

日本統治時代の台湾では 日本人への反日的な襲撃事件があった。

霧社事件、第二霧社事件、大関山事件、芝山巌事件

などである

台湾の近代史

日本が1910年から1945年まで統治した朝鮮半島は、いまだに反日的な考えが根付いている。一方1895年から1945年まで日本が統治した台湾はなぜ、いまも親日なのか。

大きな理由は2つある。

①台湾では日本統治時代に日本がダムなどのインフラを建設し、それがいまだに台湾の人々の生活に役立っているため。

②外省人である国民党政府が1945年以後、台湾でひどい恐怖政治をしたため。二・二八事件以降の白色テロでは1万8000人以上の犠牲者を出した。

台湾では 第二次世界大戦後、『犬がいなくなったら豚が来た。』といわれた。犬は日本、豚は国民党のたとえである。犬はうるさいが番犬で役に立つ、しかし豚は食べるばかりで役に立たない。といった意味らしい。いづれにしても恐怖政治の国民党政府より、殺される心配の少なかった日本統治時代の方が、はるかに良かったと受け止められた。

ただ日本統治時代には霧社事件など反乱があり、ある程度、日本に対する反感はあった。しかし日本は万単位の犠牲者を出すほどの恐怖政治はおこなわなかった。

中国の大躍進政策で餓死者4000万人以上

1958年-1961年の大躍進政策で中国では4000万人以上ともいえる餓死者を出した。

ウクライナのヴィーンヌィツャ大虐殺

1937-1938年、ウクライナのヴィーンヌィツャでの大虐殺。ソ連の秘密警察がウクライナ人を虐殺した。

ウクライナの悲惨な歴史『ホロドモール』

ウクライナの悲惨な歴史『ホロドモール』を日本人も知るべきだろう。1930年代の歴史的事実、犠牲者は数百万人以上ともいわれる。

太平洋戦争時の日米の”敵国”言語への対応の違い

太平洋戦争が開戦すると日本は敵性言語として英語教育を排除した。  一方、当時のアメリカ政府は米国内の日本語教育を強化した。軍人や学生に日本語を学ばせた。  両国の敵国言語に対する姿勢が戦争の勝敗の一因となったのは歴史を見れば明らかである。

エチオピア飢饉 1980年代 餓死者100万人

1980年代エチオピアで飢饉があった。餓死者の数は100万人といわれている。

1945年のベトナム飢饉で数十万人が餓死

1945年日本統治時代のベトナム北部で飢饉があり、数十万人が餓死した。原因は諸説あるが、水害による米の不作と日本とフランスの2重支配が生んだものとするのが有力。犠牲者数は40万人から200万人と説により幅がある。

黄河決壊事件

1938年、中国国民党は日本軍の進軍を阻止するために黄河を決壊させた。被害の程度は諸説あるが、決壊による洪水の犠牲者は死者100万人とも言われている。

【1億人虐殺説】

南米では16世紀以降、欧州諸国の征服により原住民の9割、のべ1億人が虐殺されたという衝撃な説がある。

もしも日露戦争で日本が負けていたら

もしも日露戦争で日本が負けていたら、朝鮮半島はロシア領になっていただろう。

もしも日清戦争で日本が負けていたら

もしも、日清戦争に日本が負けていたら、朝鮮半島は中国領になっていただろう。

独ソ戦とソビエトの日本への宣戦布告

ドイツは独ソ不可侵条約を破って、ソビエト連邦に侵攻した。

ソ連は日ソ中立条約があったので、日本がソビエトに侵攻して来ないと信じ、シベリア駐留のソビエト軍のほとんどを西に移動させドイツとの戦闘に注力した。

つまり、独ソ戦の最中は、シベリア周辺のソ連の防御(ソビエトと満州国との国境付近)は非常に弱いものだった。

ソビエトは独ソ戦で2000万人もの犠牲者を出したと言われている。独ソ戦が終わると、ソビエトは独ソ戦の兵力の多くを満州や樺太、北方領土に向けた。

ソビエトは日ソ中立条約を破棄したのである。

つまり、独ソ戦のときに、日本はアメリカではなく、もしソビエトを攻撃していたら、ソビエトは無くなっていたかもしれない。そしてナチスドイツは存在し続けたかもしれない。また、日本も今よりも広大な領土を維持していたのかもしれない。

一方、日本はソビエトを信用し、日ソ中立条約を守ったがゆえに敗戦となった。これが歴史である。

 

 

死ぬまでに絶対に見るべき映画 ベスト2

歴史好きが

【死ぬまでに絶対に見るべき映画 2本】

シンドラーのリスト (1993)

ラストエンペラー (1987)

歴史を知る上で必ずみるべき映画である。もちろん、ある程度の脚色はしてあるが、絶対に見るべき映画。どちらも アカデミー賞作品賞を受賞している。

 

第二次大戦時のスイス

第二次大戦時のスイスは、ナチスの手下のようなものだった。

スイスの銀行がナチスに協力することで、ナチスから侵略されることはなかった。

ヒトラーの悪事

ヒトラーは ユダヤ人の排斥および虐殺と近隣諸国への侵略である。これらが国際社会の反感を買った。

内陸国ボリビアに海軍のなぜ

南米の内陸国ボリビアには海軍がある。実はボリビアは1879年まで太平洋岸まで領土を保有していたが、南米太平洋戦争(1879-1884)により、チリにその領土を奪われた。

そのため、ボリビア海軍は現在に至るまで、湖や河で展開されている。
また、ボリビアとチリの間では その戦争が原因により、現在でも国交がない。

朝鮮戦争への中国義勇軍の参戦

朝鮮戦争へは中国義勇軍(中国人民志願軍)も参戦した。

これは、毛沢東が日本の軍国主義の復活をおそれたからである。

ソ連のスターリンは毛沢東に以下のようにつたえた。『朝鮮半島をアメリカが支配すれば、アメリカと日本は中国にも攻めてくる』と。そして毛沢東は日本の軍事力復活を恐れて、参戦を決意した。しかし、この参戦は、朝鮮戦争をさらにエスカレートさせ、朝鮮半島での軍人と民間人の犠牲者は増えていった。中国もまた、多大な人的な損害をうけた。

マーティンスコセッシの映画『沈黙 サイレンス』

マーティンスコセッシの映画『沈黙 サイレンス』は遠藤周作の小説『沈黙』を原作として、江戸時代の日本のキリスト教弾圧がテーマとなっている。

この本は、日本では知られてないが、翻訳され 欧米のキリスト教社会では ある程度の知名度がある。

イラン石油国有化  1951年

イランの石油はイギリスのアングロ・イラニアンが独占していたが、1951年にモマハド・モサデクが首相に就任後、石油会社を国有化しようとした。しかし、イギリスやアメリカの石油会社から締め出され、国の財政は悪化し、国王派のクーデターによりモサデクは失脚した。

韓国では安重根を英雄視!?

おどろくべきことに 伊藤博文をハルビン駅で暗殺した安重根を韓国の一部の人々は英雄視している。日本人にとっては安重根はテロリストであるが、依然として韓国の一部の人はそういう考えをもっているということを日本人は知っておかねばならない。

明治期の日中関係 1871年-1874年

明治の日中関係の悪化は1871年宮古島島民遭難事件に端を発した1874年の台湾出兵によるものだろう。

韓国との慰安婦問題

これまでの調査から朝鮮の日本統治時代、慰安婦はいたことはいた。

しかし、それは当時の大日本帝国政府や朝鮮総督府が主導したことではない。大日本帝国の軍部が主導したことでもない。つまりは、当時の民間人(朝鮮民族なのか大和民族なのかはわからない)が女性を集めて主導したことなのである。

にもかかわらず、韓国の多くの人はいまだに、日本の政府に責任があるかのように、抗議活動をしている。

しかもやっかいなことに、1995年日本政府は『女性のためのアジア平和国民基金』に出資し、さらに2015年12月の慰安婦問題に関する日韓両政府合意で10億円を出資した。

にもかかわらず、世界中の韓国人や韓国系の人々は日本政府を非難する記事を新聞に掲載したり、慰安婦像を世界中に設置している。

これを どうすれば、止めさせることができるのだろうか。

日韓関係悪化の原因になり続けるのだろうか。

日本政府は1965年日韓基本条約で無償2億ドル、さらに1995年女性のためのアジア平和国民基金、そして、日韓合意で10億円を韓国に支払った。

このことは韓国では報道されているだろうのか?

 

1942年 日本軍のオーストラリア(ダーウィン)への空爆

1942年太平洋戦争中、日本はオーストラリア北部のダーウィンなどを空襲した。
その事実をオーストラリアの人々は忘れていない。

干支が歴史的な事実の名前

壬申の乱、甲午農民戦争、辛亥革命など干支が歴史的な事実の名前になっているものは多い。

話はそれるが、高校野球や阪神タイガースで有名な甲子園も甲子の干支にできたからである。

サハリン残留日本人のこと

第2次世界大戦末期、ソビエトが1945年8月に樺太や北方領土に侵攻し、混乱の中で日々の生活や子供のために朝鮮人男性と結婚した日本人女性。その方々の多くのは日本に帰国するまでに40年以上を要した。しかし、朝鮮人男性と結婚したために、日本に帰国できず、北朝鮮に送られたり、韓国で暮らしている方々もいる。また、彼らの子供たちの生活もために、いまだにサハリンで暮らしている人もいる。

1970年代の冷戦時代は、日本人という理由でサハリンで多くの差別を受けた。

一方、日本人女性と結婚した朝鮮人男性も日本統治時代に 日本人として樺太に居をかまえて、戦後は長い間、朝鮮半島に帰れなくなってしまった人々。

残留日本人と残留朝鮮人、みな当時の戦争と国際情勢に翻弄された人々なのです。

 

 

尾張藩の青松葉事件

あまり知られていないが、大政奉還の後、徳川御三家の一つである尾張徳川藩は官軍についた。そのため尾張藩内部で 佐幕派と倒幕派が分裂したが、藩主徳川慶勝は藩内の佐幕派を弾圧し、藩の重鎮を含め14人を斬首した。

尾張藩のこの決断が、戊辰戦争にもたらしたものは大きい。もし、尾張藩が佐幕派についていたら、官軍が東海道を通過する際に、官軍にも幕府側にも多大なる犠牲者が出たことは間違いない。そして幕府軍が勝つまでは行かなくとも、戦争は長期化し、欧米諸国に隙を与え 日本は欧米諸国の植民地になっていたかもしれない。

ヒトラーは当初はムッソリーニを模倣していた

ヒトラーは当初はムッソリーニを模倣していた。ローマ式の敬礼や黒シャツ隊からSSを組織した。ドイツ国民もそれを支持していた。

歴史を学ぶと言うこと

歴史を学ぶことは重要である。過去の人の過ちを 現代人が、繰り返さないようにするためである。

それでも人は過ちを繰りかえすが、少しでも減らすことにつなげなければならない。

特に日本人は太平洋戦争を自ら開始して、そして200万人以上の犠牲者を出し、領土をも減らした。そういう過ちを繰り返さないように、しなければならない。

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